祖母山山頂の上宮、祖母山北麓の下宮・神幸所(遙拝所)、及び穴森神社からなる健男霜凝日子神社は、延長5年(927)編纂の『延喜式』にて豊後国の式内小社として記載された健男霜凝日子神社の論社です。
『延喜式』巻十 神祇下 ※通称『延喜式神名帳』 延長5年(927)編纂
西海道神一百七座[大卅八座・小六十九座]。…(略)…。豐後國六座[大一座・小五座]。直入郡一座[小]。建男霜凝日子神社。大分郡一座[大]。西寒多神社。速見郡三座[並小]。宇奈岐日女神社、火男火賣神社二座。海部郡一座[小]。早吸日女神社。
神原川に架る「山の神橋」の側にある神幸所は、昭和9年(1934)に国幣小社への昇格を目指して、昭和8年(1933)に遥拝所として建立された社殿です。残念ながら昇格を果たすことはできませんでしたが、以降は遥拝所、及び神幸所として神事・祭事の中心になっています。
【神事・祭事】
9月23日に秋祭り(例大祭)が健男霜凝日子神社と穴森神社と合同で斎行されます。白熊、獅子が神輿のお伴をし、神幸所(遙拝所)で盛大に祭典を行います。健男霜凝日子神社の御祭神(祖母山の神)が変化したのが、穴森神社の伝説で伝えられる大蛇であるとされているため、御神輿や獅子の順序は、健男霜凝日子神社が先となっています。昔は、23~24日の2日間の祭典で、御神体は、神幸所に一泊していました。5月2日には、「風祭り・祖母山祭り」が斎行されます。元は、旧暦7月4日に夏祭りとして行われていましたが、祖母山の山開きを兼ねて行われています。
【境内社など】
「御神木(トチノキ)」
参道の左手。胸高直径7.2m、樹高42m、樹齢550年とも言われています。周辺に自生樹が確認されないことから植栽されたものと考えられています。昭和35年(1960)3月22日に県天然記念物に指定。
「忠魂碑」
御神木の隣りに鎮座。日露戦争の後、明治40年(1907)に建立。
「健男霜凝日子神社・下宮」
当地から西400ほどの山稜の中腹に鎮座。約240段の石段を登った岩窟内に鎮座しています。(⇒詳細)
「穴森神社」
当社から南東1.5kmに鎮座。『平家物語』にて語られる大蛇と華御本姫との神婚「緒環伝説」の舞台です。その末裔が岡城築城主の緒方惟栄とされています。(⇒詳細)